デザインプロデュースの現場


「なぜ?」を突き詰めること、強い願望を持つこと

  • 2013年9月26日(木) 10:02 JST
  • 投稿者:
    matsumoto


1989年にイデア株式会社を設立し、自動車・紡績・アパレル・生活用品等のメーカーの商品開発・企画デザイン支援業務を行う羽場一郎氏。1999年には自社製品ブランド「ideaco」を立ち上げ、「Smart Innovation シンプルに美しく暮らす」をテーマに、多くのライフスタイルプロダクツを生み出しています。プロダクトデザイナーであり、経営者でもある羽場氏に、デザインを発想しカタチにしていくための方法論を伺いました。

※「デザインプロデュースの現場」外部取材記事です。



デザイナー志向からプランナー志向へ


高3の時にファッションデザイナーに憧れ、大阪モード学園の夜間部に通いました。そこで洋裁を2年、デザインを2年学びましたが、卒業する頃にはプランナー・ディレクターを目指すようになっていました。ファッションデザイナーは若者の感性を持ち続けられないと務まらないので、企業に就職しても、使い捨てされるだけだと思ったのです。

1977年、21歳の時にモミウェイコーポレーションという、ファッションの商品企画を専門に手がけている会社に入社しました。当時そういう会社は日本に2社しかありませんでした。そこに9年間身を置き、やれることを一通りやった後、30歳の時に羽場企画事務所を創業して独立しました。


なぜこの商品がないんだろう?



 その2年後に事務所を法人化し、イデア株式会社を設立しました。イデアでは、トヨタ、東レ、テイジン、福助などの商品開発コンサルティングとデザインに関わりました。
トヨタとの最初の仕事では、マルチユースセンターコンソールという新製品の提案と開発でした。センターコンソールとは、運転席と助手席の間を隔てている部分のことですが、用品の販売の現場であるディーラーを回ってヒアリングを重ねるうちに、ここに色々なアクセサリーを収納できるアームレストに需要があると分かってきたので提案し、実現したものです。

福助からはメンズカジュアルソックスの新製品開発の依頼を受け、HANESのブランドライセンスの取得をコーディネートするとともに48色の多色カラー展開で商品化しました。パッケージでは靴下を見せず、黒い袋の中でHANESという文字だけが見えるようにしました。丸井の売り場では柱回りその48色がディスプレイされ、これがメディアで紹介され全国的に話題になったことで、3年後には250万足売れる商品になりました。一方でリスクを低減するために、在庫を糸の状態で置いておき、売れる色に合わせて生産を調整するなどの創意工夫も行われました。

 依頼を受けて行う仕事では、新しいものを提案する仕事を、積極的に行っています。売り場を巡りながら、「なぜこの商品がないんだろう?」という売り手から見た疑問も常に収集するようにしています。


逆境の良薬


しかし設立から5年後に、会社は債務超過に陥りました。バブルの時期に不動産などの投機に走ったことが直接の原因でしたが、この経験が自分の経営者としての資質を問い直すことになりました。当時は「僕は高いよ」といった尊大な態度で、クライアントと接していたのです。

その後1年間は無給で働きました。そしてその時期に、京セラ会長の稲盛和夫氏が主宰する「盛和塾」に入りました。そこで教わった「事業とは利他であり、自らを利するものではない。」という考えが、僕にとっては目からウロコでした。その塾での学びのおかげで、僕は全てをポジティブに考えることができるようになったのです。










強い願望から生まれた自社製品




そして1998年に、初めて自社製品を発売しました。CUBEという、家庭用のコンパクトな傘立てです。
それまで僕らが手がけてきた企画、コンサルティング、デザインはいずれも請負の仕事です、自分でやった成果を最後まで確認できないというジレンマがありました。そこから、自社商品を手がけ、新しい仕事のスタイルを作っていくことをイメージしていました。

そんな時に、たまたま常滑に旅行に出かけ、陶芸作家の方を訪ねました。そこで陶器の筒に傘を差してあったのを見て、直感的にこのアイデアは素晴らしいと思いました。その瞬間から、狭いマンションの玄関にも合うコンパクトな傘立てを思い描き、客観的に情報を集め始めました。当時世の中にそのような考え方で作られた製品は皆無でした。
そしてある一瞬のひらめきの中で、頭の中に絵になって浮かんだのがこのCUBEの形でした。
当初は適度な重さを必要とするこの商品をアルミのダイキャストで作りましたが、到底値段が合わず、そのことを盛んに周りに言っていると、お付き合いのある台湾のメーカーの方が、ポリストーンというガーデニング用の素材を提案してくれました。また仕上がった商品をフランフランの心斎橋店に持ち込み販売のお願いをさせてもらい、店長に商品本部の方を紹介いただき、東京でその方にお会いすると「僕もうちの社長も関西ですよ」と盛り上がってトントン拍子に話が進み、翌月には全店展開いただけることになりました。そして初回ロットの1000個は、1ヶ月ほどで売れていき、やがてロフト、ハンズでも販売いただけるようになりました。これらのことは、寝ても覚めても新商品のことを考え、とにかく作りたい、とにかく売りたいという強い願望を持ったことで実現したのだと思っています。



「なぜ?」を突き詰めること

 2006年には、TUBELORというゴミ箱を発売しました。開発のきっかけになったのは、タイムレスコンフォートのバイヤーの方から聞いた“スタンダードないいゴミ箱がない”という一言でした。「じゃあ、スタンダードなゴミ箱とは、どんな素材、どんな形状、どんなサイズで、どんな売り場でどんな価格で売られているのか?」というスイッチが入ったのです。実際にいろいろ売場の方に聞きに回りました、その時に、当時これがスタンダードという製品サイトーウッドのプライウッド(成型合板)でできた、ミッドセンチュリーテイストのゴミ箱にも、みっともなくポリ袋がかぶされ使われている姿を発見しました。そこから、ポリ袋を隠せるゴミ箱をデザインできないかと考え始めて、今のような形にたどり着きました。




僕らの企画の原点は、「なぜ?」を突き詰めることです。なぜ女の子はこんな帽子を今好んでかぶっているのか、なぜ男の子はズボンをずらして穿くのか、日々そういう視点でいろんなものを見て、そこに疑問を感じ、その現象として現れた事の本質的な原因、意味を探り出し、それらの情報を右脳に溜めていくと、ある時それがシナプスのようにつながり、思ってもみなかったアウトプットにつながっていくのです。

ideacoでは、「ありそうでなかった有用な非常識をカタチに、美しい暮らしづくりに貢献する、従業員の物心両面の幸せを実現する」という理念を掲げ、シンプルにモノコトの本質をとらえ、革新的な視点を持ってデザイン、開発に取り組み、長く愛される商品をつくることを目指しています。

(取材・文 山納 洋)

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